> アイアンガー導師の生涯(1)
アイアンガー導師の生涯(1)


アイアンガー導師のお生まれは、1918(大正7)年12月14日(土)。お父さまは、学校の校長をしていた「ベルール・クリシュナマチャール(Bellur Krishnamachar)」氏。お母さまの名前は「セシャンマ(Seshamma)」さんです。

13人きょうだいでしたが、そのうち3人は早世されました。アイアンガー導師は13人中11番目の子供でした。人種はタミル人で、母語はタミル語です。生誕の地は、現在お住まいのマハーラーシュトラ州プーナ市から南へ700kmのベルール村で、カルナータカ州コーラル郡にあります。

一家は大所帯で貧しく、アイアンガー導師は子供のころ、栄養失調やマラリア、結核、腸チフス、ポリオに苦しめられました。

5歳のとき、一家はベルール村から、州都のバンガロール市へ引っ越しました。9歳の年にお父さまがお亡くなりになり、アイアンガー導師は勉強どころではなく、したがって正規の学校教育を受けることが出来ませんでした。

アイアンガー家は、バラモン(カースト制度の聖職者階級)に属するため、お姉さまは同じバラモンで遠縁にあたる、ティルマライ・クリシュナマチャルヤ(Sri.Tirumalai Krishnamacharya:1888~1989)氏とご結婚されました。そこからアイアンガー導師の人生は、大きく変わることになります。義兄は高名な哲学とサンスクリットの学者で、ヨガの求道者でもありました。義兄がマイソール市の大学に赴任するにあたって、アイアンガー導師も義兄にしたがい、そして自身の健康のために彼からヨガを習ったのです。アイアンガー導師が16歳のころの話です。
a0274392_1414474.jpg

                クリシュナマチャルヤ氏

18歳の年、アイアンガー導師はヨガを広めるためプーナ市に派遣されましたが、言葉も違い、安定した仕事もなく、しかも師匠(義兄)のもとで十分なヨガ修行も終えていない中からの船出でした。

つづく。



執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!
HP:http://bcaweb.bai.ne.jp/iyengar/ (近々リニューアルします)
フェイスブック:http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター:https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto


アイアンガーヨガ in 京都! ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~
[PR]
by iyengar-encyclo | 2012-05-29 16:34 | B.K.S. アイアンガー導師

アイアンガーヨガのあらゆる情報をすべての人に!
by iyengar-encyclo
> 最新のトラックバック
> ライフログ
> 検索
> 最新の記事
信じる力
at 2016-05-31 00:09
ヨガアサナの名称
at 2016-05-20 20:55
ヨガ・インストラクターとして..
at 2016-05-18 00:01
子供への虐待
at 2016-05-10 20:54
ヨガの映画
at 2016-04-15 23:18
> ファン
> ブログジャンル
> 画像一覧