カテゴリ:ヨガ哲学( 8 )
信じる力
信じる力


私は生来慎重なタイプなので、物ごとをすぐに信じることはせず、常に客観的に批評的に見てしまいます。アイアンガーヨガに対しても、長らくそういう見方をしていました。

そもそもヨガを習い始めた当初、自分が習っているのが「アイアンガーヨガだ」という認識はありませんでした。18年前はまだアイアンガーヨガは日本で有名ではなかったですし、私自身もヨガを単なるストレッチくらいにしか考えてなかったからです。

しかし6年ほど経過するうちに、ハッキリと「このヨガのお陰で心身が健康になった」と思えるようになりましたが、それでもまだ「信じる」ところまではいきませんでした。

その後、自分の心身の状態を冷静に観察し、次第にアイアンガーヨガの威力の凄さを実感するようになってゆき、「このメソッドで、これからの一生を健康に過ごせる」と確信するに至りました。ここでようやく「信じる」ことができたのです。

自らの実体験を経ず、ただ観念的に簡単にアイアンガーヨガを「信じる」人は、すぐに飽きて離れて行ってしまいます。

アイアンガーヨガの3本柱「Body、Mind、Soul」のMind(知力)を駆使し、十分に冷静にヨガを修得して、そしてSoul(魂)でヨガを信じられるようになるまでには、ある一定の年月がかかります。

私は長い年月かかりましたが、ようやくアイアンガーヨガを信じられるようになりました。
a0274392_09923.jpg

span style="color: rgb(0, 204, 255
執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!
公式HP:http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:http://yogaforall.exblog.jp
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都! ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2016-05-31 00:09 | ヨガ哲学
インボケーションにおける疑問(The question about Invocation)
インボケーションにおける疑問(The question about Invocation)

アイアンガーヨガに限らず、ヨガでは練習に際し、インボケーションを唱えます。
カタカナで書くと、
ヨゲーナチッタッシャ パデーナワーチャーム……
から始まるものです。

このインボケーションの最後に、
ハリヒ・オーム(Harih Om)
という言葉が出てくるのですが、これの意味が長年分かりませんでした。どの教科書を見ても、「プラナマーミー パタンジャリン」で終わっているからです。(写真参照)
a0274392_1264186.jpg

この「ハリヒ・オーム」はどういう意味なんだろうと、素朴な疑問にかられ、自分で調べたことがありました。
「縮刷版・基本梵英和辞典」(東方出版)p.425右下によると、「hari」はヴィシュヌ、インドラ、シヴァ、クリシュナの名前とあり、別の本によると「金色の」とあります。だから「ハリヒ・オーム」で「黄金に輝く聖音・オーム」ということになります。

なお、キリスト教における「ハレル・ヤ」は「神(ヤー)を讃美せよ」という意味ですが、何となく語感が「ハリヒ・オーム」に似ているように感じます。「アーメン」も「オーム」に似ているので、宗教の違いはあれど、聖音は似た語感を持つものだと思いました。


執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2014-05-06 01:27 | ヨガ哲学
ヴリクシャアサナから調和を考える(The blance of Vrksasana)
ヴリクシャアサナから調和を考える(The blance of Vrksasana)

ヴリクシャアサナを練習していると、バランス力が大切なことがよく分かります。しかしバランス感覚だけで、このアサナを練習するのは不十分です。まず土台として、下の脚の十分な伸びと安定感が必要とされるからです。

ヴリクシャアサナが上達してくると、心身の調和や心の平安がいかに大切か、実感を持って感じられるようになります。

では、調和とは何でしょうか?

私はヨガの専門家として、ヨガの危うさもよく感じます。他流派もまじえたワークショップなどに参加して、熱心なヨガ練習者を見ていると、自分のアサナだけに関心を持ち、周りへの配慮がなく、他人には無関心という冷たさが感じられます。アサナの上達に注意を向けると、どうしても自分にばかり意識が向き、自己の内へ内へと閉じこもるのは、世の常です。しかし、その一歩手前で踏みとどまり、周りへの関心や配慮や愛情を持つことが、本当のヨガなのです。

ヨガには本来的に、世俗からの脱却や、世界への無関心が内包されています。そういう危険性を踏まえた上で、その分水嶺から向こうへ落ちるのではなく、分水嶺のこちら側へ戻って、人間味あふれる温かい心を養うようにしましょう。

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2014-04-19 00:13 | ヨガ哲学
京都の言葉(The Kyoto dialect)
京都の言葉(The Kyoto dialect)

関西以外の人は、京都も大阪も同じ方言だと思う人が多いですが、かなり言葉は違います。私は大阪育ちですが、生まれが京都で、親戚も京都人が多いので、京都言葉には幼い頃から親しんできました。
私は文章を書く仕事をしている関係上、京都言葉をどのように文章に表わすかは、とても関心があります。先日読んだ本が、京都言葉を見事に文章化していたので、それを御紹介します。祇園で芸妓さんをしていた人の聞書き本です。(以下、1分もあれば読めるので、ぜひ御一読ください。)

わたし、二人のお客さんにお金を借りたんどす。旦那さんでも彼氏でもない、うちをひいきにしてくれはった人どす。一人は無利子で、もう一人は、安いけど利子付きで、貸してくれはりました。わたしは一生懸命、働いて、お金ためて、どうにか半分ほど返せるようになったんどす。そのとき、うちのお母ちゃんが言いました。
「お借りしたお金やけど、まず、利子のないほうから、お返しせんとあかんえ」
わたしにしてみれば、利子のつくお金を先に返したほうが、利子を払わんとすむさかい、利子付きの借金から片付けて、その後、無利子のほうを返したらええかなと思うてました。
でも、お母ちゃんは、無利子で貸してくれはった人に迷惑をかけてはいかんと言うんどす。
出典:三宅小まめ「祇園に生きて」(同朋舎;2000年)p.128~129

適当に引用した文章ではありません。京都言葉の問題もさることながら、この文章には京都人の「心意気」がよく読み取れます。「京都人は難しい」とか「祇園の花街は怖い」とか言われますが、京都人の心の底を流れるのは、人間をお金だけでとらえず、情でとらえようとする心です。それはヨガに共通する心でもあります。この芸妓さんはヨガをやってなくても、ヨガの精神をお持ちの方なんでしょうね~!
a0274392_22375289.jpg

【この写真画像は本文とは無関係です~!】

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2014-04-01 22:38 | ヨガ哲学
ニヤマについて(Niyama)
ニヤマについて(Niyama)

前回はニヤマについて書きましたが、ニヤマとヤマは混同されがちなので、私の見解を書きます。(ヤマ、ニヤマの見解は哲学の問題になるので、人によって解釈は違うでしょう。ここに書くのは、あくまでも私の意見です。)

ヨガの8段階で、アサナとプラーナーヤーマーを間違う人はいないでしょう。単純に考えて、アサナは身体の訓練であり、プラーナーヤーマーは呼吸の訓練です。しかしその前段階のヤマとニヤマは精神面の訓練であり、この2つの違いは分かりにくい。しかしシンプルに考えて、ヤマは「自分と他者との関係」であり、ニヤマは「自分の内なる世界の問題」だと、私は考えます。ヤマは分かりやすい日本語で言い換えれば「社会道徳」、ニヤマは「自己浄化」。ヤマについて考える場合、つねに他者の存在が係わってきます。アヒンサー(非暴力)は基本的に他人を傷つけるかどうかという問題です。「自分で自分を傷つけることだってあるではないか」と反論されそうですが、それは暴力というもの傍流であり、暴力の主流は他人への行使です。

一般の日本人は「心と体」というように、「物質的でないもの」と「物質的なもの」の二元論に考えがちです。(だからアイアンガーヨガの3本柱であるBody,Mind,Soulのうち、なぜMindとSoulの2種類があるのか理解しにくい。)また日本人の国民性は、自己と他者に明確な境界線をつけないものです。だから「ヤマ」と「ニヤマ」の境界線も理解しにくい。もしこれら2つが同じカテゴリーの中に含まれるものならば、ヨガは「ヤマニヤマ」「アサナ」……「サマーディ」の7段階として成立していたはずです。しかし「ヤマニヤマ」ではなく、「ヤマ」と「ニヤマ」にわざわざ分けてくれているのは、他者との係わりと、自己との係わりは、私たち日本人がイメージする以上に、別次元の問題なのです。

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2014-01-15 00:49 | ヨガ哲学
ニヤマに還る (Return to Niyama)
ニヤマに還る (Return to Niyama)

ヨガの8段階とは、ヤマ、ニヤマ、アサナ、プラーナーヤーマー、プラティヤーハーラ、ダーラナー、ディヤーナ、サマーディです。(ふつうヨガ教室で習うのは、アサナとプラーナーヤーマーの2つ。)

去年、私はこれら8段階のうち、とくに「ニヤマ」について考える機会が多かったです。
ニヤマとは、「修練による心の浄化」と説明されていますが、私はシンプルに「自分の心を浄化すること」と考えています。いかに高潔に生きるかという問題を、自分に問うことです。これ自体は、一見ヨガとは無関係なことのように見えますが、アサナやプラーナーヤーマーの練習を積み重ねることによって、「自分はふだん、高潔な生き方をしているだろうか」と、自分をかえりみることが多くなりました。人に迷惑をかけていないだろうか、人の悪口を言っていないだろうか、すぐにイライラしたり、険悪な心理状態に陥っていないだろうか……といったことです。

例えば、私はバスに乗る時、いつも周りを注意して、人の迷惑にならないような位置に立つよう心がけていますが、珍しく邪魔な位置に立ってしまったことが、去年ありました。そして見知らぬ人から「そんな所におったら邪魔やないか!」と怒鳴られたのです。一瞬、ムカッとしたのですが、普段いかに良い乗車態度であっても、あの日あの場において私が間違った行動をしたのは事実です。すぐに謝りました。自分の間違いを認めることはつらかったし、「いつもは乗車態度は良いんだ」と自己弁護したくなるのですが、そのような逃避は良くないと思ったのです。事実をありのまま受け入れ、それを反省することが「ヨガの修行の1つ」でしょう。

そういう経験を去年はたくさんしました。アサナの練習を重ねることによって、その前段階であるニヤマやヤマに還り、それによってアサナやプラティヤーハーラ等の練習が豊かになってゆくと思います。

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2014-01-10 22:12 | ヨガ哲学
楽天主義になった私 (My optimism)
楽天主義になった私 (My optimism)

私の生徒の多くは、30代~50代の女性です。彼女たちから、よくこんな不安や悩みを聞かされます。

「老人になっても健康でいられるでしょうか?」
「老後を支えるだけのお金を持てるでしょうか?」
「年いって親も亡くなって、一人になったらどうしよう?」

これらは率直な悩みだと思います。私も以前はとても悲観論者でしたが、いつの間にか、かなりの楽天主義になってしまいました。それはアイアンガーヨガのお陰です。ヨガには様々な効用がありますが、特に精神面に良い効果が得られます。くよくよする事が少なくなり、腹を立てる場面が少なくなり、自信を持って、楽天的に生きられるようになります。

アサナや呼吸法を1人で練習できるようになれば心身ともに健康になれますし、過度のお金の心配もしなくなり、質素に生きてゆける自信がつきます。また親や友達が亡くなっていっても、孤独に悲しむ気持ちが緩くなってゆきます。

前記3点のうち、最も恐怖を感じるのは孤独感です。しかしヨガを続けることにより、「1人でも生きてゆける。でも決して人間嫌いにならないし、多くの人と共に生きる喜びも噛みしめられる。同時に、1人になることも怖くない」という境地が得られます。

私は自宅で1人で練習しているときでも、先生や仲間、そしてアイアンガ-導師の存在を感じます。だから決して孤独ではない。空気も、風も、日の光も、みんな友達のようです。

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2013-09-17 00:55 | ヨガ哲学
自我の門 (The gate of the self)
自我の門 (The gate of the self)

アサナやプラナーヤーマーの練習をする時、周りの人の目ばかりを気にして、いつも他人と競争しながら練習をする人がいます。そういう負けん気が強い人は、アサナやプラナーヤーマーの上達が一時的には早くなるものの、「自我の門」の手前で立ち止まってしまい、結局は後からやってきた人に追い抜かれてしまう傾向があります。ヨガとは自我を滅するものだから、「人と競争する」という自我が強ければ強いほど、最終的にはヨガの頂上に到達しにくい結果となるのです。

私は子供の頃から人と競争することが苦手で、良い意味でも、悪い意味でも、マイペースな人間だったので、そういう性格がかえって幸いして、順調にヨガの修得が進んできました。

一般的に、ヨガをする人に限って、人一倍、我の強い人が多いように思えます。またヨガを続けることによって、自我が滅する方へ進まなければならない筈が、なかなか進まず、いつまでも我の強いままであったりします。そういう人は身体的なヨガばかりしていて、心のヨガをしていないわけです。

他人を気にしすぎることなく、自分の身体と呼吸と魂との対話を重ねることによって、ヨガは上達します。だから一見すると、ヨガをしている人は、他人に興味を持たない、冷たい人に見えることがあります。しかし、練習中は自分に集中することが大切ですが、同時に周りの人に関心を持つ必要もあります。以前あるワークショップに参加した時、近くにいた人が急に足を上げる自主練習をし出して、彼の足が私の顔近くまできてしまい、びっくりしたことがありましたが、その人はそれに気づいていないようでした。それを見た時、「この人は自分の世界に閉じこもっていて、周りが見えてないんだなぁ」と思ったものです。

ヨガの上達者は、決して世界とは隔絶していません。むしろ世界と深くつながっています。悪い意味での自我を捨て去り、自分と世界との結びつきを楽しめるようになりたいものですね!

執筆者:山口博哉
京都駅の近くで、アイアンガーヨガの教室「ヨガ・インスティチュート京都駅」を開校しています。詳しくは下記にアクセス!


公式HP:
http://www.iyengaryoga-kyoto.com
ブログ「アイアンガーヨガ百科全書」:
http://yogaforall.exblog.jp/
フェイスブック「アイアンガーヨガ随筆」:
http://www.facebook.com/iyengar.kyoto
ツイッター「アイアンガーヨガ in 京都!」:
https://twitter.com/#!/iyengar_kyoto

アイアンガーヨガ in 京都!
    ~京都にアイアンガーヨガを広めよう!~

[PR]
by iyengar-encyclo | 2013-06-02 21:42 | ヨガ哲学
   

アイアンガーヨガのあらゆる情報をすべての人に!
by iyengar-encyclo
> 最新のトラックバック
> ライフログ
> 検索
> タグ
> 最新の記事
信じる力
at 2016-05-31 00:09
ヨガアサナの名称
at 2016-05-20 20:55
ヨガ・インストラクターとして..
at 2016-05-18 00:01
子供への虐待
at 2016-05-10 20:54
ヨガの映画
at 2016-04-15 23:18
> ファン
> ブログジャンル
> 画像一覧